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薬で歯ぐきが腫れる?降圧薬・免疫抑制薬と歯肉増殖の基礎知識

こんにちは。代官山WADA歯科・矯正歯科の歯科医師です。
診療をしていると、「最近、歯ぐきがぷくっと膨らんできた」「フロスが通りにくい」「磨いても血がにじむ」という訴えの背景に、内服薬の影響が潜んでいることがあります。なかでも、降圧薬(とくにカルシウム拮抗薬)や免疫抑制薬の一部は、歯肉増殖(薬剤性歯肉増殖)と呼ばれる状態を誘発することが知られています。
本稿では、薬剤で歯ぐきが腫れる仕組み、見分け方、日常ケアと歯科での対策、主治医との連携のポイントまで、臨床の視点で丁寧に解説します。結論を先に述べれば、「薬を勝手に減らさない・やめない」を大前提に、炎症管理と清掃性の回復を優先し、必要に応じて処方の見直しを主治医と相談する――この順序が最も現実的です。
目次
- 薬剤性歯肉増殖とは何か
- どうして薬で歯ぐきが“増える”のか:仕組み
- 影響しやすい薬の代表例と臨床的な所見
- プラーク(細菌膜)との相互作用:炎症があると増殖が強まる
- 自分で気づけるサインと、受診時に伝えてほしい情報
- 歯科での評価と初期対応:まず“清掃が届く形”に戻す
- 主治医との連携:処方変更の検討とタイミング
- 外科的対応が必要になる場面と術後管理
- 矯正・インプラント・補綴への影響
- まとめ:薬は続けたまま、炎症を抑え、清掃性を回復する
1. 薬剤性歯肉増殖とは何か
薬の影響で歯肉の体積が増し、歯冠を覆うように盛り上がる状態を指します。腫れというより、線維性に“増える”ことが特徴で、辺縁歯肉が厚ぼったくなり、歯間乳頭が丸く膨らんでフロスが引っかかります。放置すると歯の形が隠れ、汚れが滞留して出血や口臭、むし歯・歯周炎の再発を招きます。
2. どうして薬で歯ぐきが“増える”のか:仕組み
複数の機序が関与します。代表的には、
・歯肉線維芽細胞の増殖・コラーゲン合成の亢進
・コラーゲンを分解する酵素活性の低下
・カルシウム代謝・イオンチャネル機能の変化
・炎症性サイトカインの影響で線維化が促進
といった生物学的変化が重なり、「つくられる量が増え、壊されにくくなる」ことで体積が増します。ここにプラーク由来の慢性炎症が加わると、さらに増殖が助長されます。
3. 影響しやすい薬の代表例と臨床的な所見
本稿の主題である二群を中心に要点だけ押さえます。
降圧薬では、カルシウム拮抗薬(アムロジピン、ニフェジピンなど)が代表格です。服用開始から数か月〜一年ほどで、前歯部の唇側・歯間乳頭に丸みの強い増殖が現れやすく、歯列に沿った“帯状の盛り上がり”として気づかれることが多いです。
免疫抑制薬では、シクロスポリンがよく知られています。移植後や自己免疫疾患の治療に用いられ、広範囲の歯肉が厚くなり、柔らかく易出血性を伴うことがあります。
なお参考までに、抗てんかん薬(フェニトインなど)でも同様の増殖が起こり得ます。実際の診療では、複数薬剤の併用や全身状態が絡むため、薬名・用量・服用期間の情報が診断の要です。
4. プラーク(細菌膜)との相互作用:炎症があると増殖が強まる
薬による線維性増殖がベースにあっても、プラークが多いほど増殖は強く、再発もしやすいという臨床像が一貫して見られます。増殖で“段差”と“陰”が生まれ、清掃が届かずプラークが溜まり、炎症が続き、さらに増える——という悪循環です。したがって、どの治療を選ぶにしても、炎症の鎮静化と清掃性の回復が起点になります。
5. 自分で気づけるサインと、受診時に伝えてほしい情報
サインとしては、歯間が狭くなる、歯が短く見える、フロスが引っかかる、歯ブラシが当たりにくい、歯肉が触れるとやわらかい、口臭が増えた――などです。
受診時は、メモで構いませんので次のような情報を共有してください。
・服用中の薬名、用量、服用開始時期、変更歴
・全身疾患(高血圧、移植歴、自己免疫疾患など)
・最近の歯周病治療歴、出血の有無
・喫煙や口呼吸、ドライマウスの自覚
薬は絶対に自己判断で中止しないことが大原則です。
6. 歯科での評価と初期対応:まず“清掃が届く形”に戻す
初診では、歯周組織の基本検査(プロービング、出血点、動揺度)、口腔内写真、必要に応じてX線で骨縁の高さ・根面う蝕の有無を確認します。
初期対応は、縁上・縁下のバイオフィルム除去を徹底し、ホームケアを“続けられるやり方”へ置き換えることから始めます。歯ブラシはヘッド小さめ・毛やわらかめとし、毛先を歯肉縁にそっと差し込み、短いストロークで揺らすイメージです。フロスはワックス付きで習慣化し、歯間ブラシは適正サイズのみ使用します。ドライマウス傾向があれば、就寝前の保湿を追加します。
この段階で出血が減り、増殖の“柔らかい部分”が収まることは珍しくありません。清掃性が改善しにくい“形の問題”が残れば、次の段階を検討します。
7. 主治医との連携:処方変更の検討とタイミング
清掃・炎症コントロールを行っても日常生活に支障があるほど増殖が残る場合、主治医に薬剤の選択肢を相談します。カルシウム拮抗薬の中でも増殖リスクに差があるとされ、全身管理上許せば同系統内での変更が検討されます。免疫抑制薬も、治療目的や腎機能など全身条件を最優先に主治医が判断します。
歯科側は、現在の口腔所見・写真・清掃状況・生活上の困りごとを整理してお伝えします。薬剤変更の有無にかかわらず、清掃性の回復を軸に進める点は変わりません。
8. 外科的対応が必要になる場面と術後管理
歯冠を覆うほどの増殖で清掃が不能、咬合や発音に支障、審美的な問題が大きい場合は、歯肉切除術・歯周形成外科を検討します。
ただし、外科はゴールではありません。薬剤の影響とプラークが残れば、再発は起こり得ます。術前に炎症を鎮め、術後は出血が落ち着いてから早期に“新しい形に合う清掃手順”を再設計します。メインテナンスの間隔は初期は短めにし、出血点やプラーク指数を見ながら調整します。
9. 矯正・インプラント・補綴への影響
矯正中はブラケットやアタッチメント周囲に増殖が重なると清掃が難しく、装置を進める前に炎症と形の問題を解く必要があります。インプラントでは、周囲粘膜の増殖で清掃が阻害されると周囲炎のリスクが上がります。アバットメント形態や角化歯肉の幅を含め、“掃除しやすい設計”に立ち戻ることが重要です。
補綴でも、オーバーコンツアや深いマージンは増殖と相性が悪く、形態修正が奏功する場面があります。
10. まとめ:薬は続けたまま、炎症を抑え、清掃性を回復する
薬剤性歯肉増殖は、薬を中止すれば必ず解決、という単純な問題ではありません。全身の治療は最優先です。そのうえで、
・プラークを断って炎症を鎮める
・日常で届く清掃手順に置き換える
・それでも支障が残る場合に、主治医と処方を相談する
・必要なら外科で“掃除できる形”に戻し、再発を抑える設計にする
この順序で、多くの方が日常の不快感を減らし、歯周組織を安定させていけます。
「歯ぐきが厚ぼったい」「フロスが通らなくなった」「薬を始めてから変わった気がする」――一つでも当てはまれば、無理に力任せで磨く前に、一度ご相談ください。生活と全身治療を尊重しながら、現実的に続けられる道筋を一緒に設計します。
少しでも参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
渋谷区代官山T-SITE内の歯を残すことを追求した歯医者・歯科
TEL:050-3188-8587
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